【かつて一世を風靡した音楽】
シャンソン。一世を風靡したが、時代とともに次第に忘れ去られてしまった音楽の1つ。シャンソンの音楽が持つ独特な雰囲気には心惹かれるものがあります。ちょっと連想ゲームをやってみます。シャンソンといえば....枯葉、パリ、エディット・ピアフ、アコーディオン.....他にも色々な言葉が思い浮かびます。シャンソンの中でも歌詞の内容がジンと来る「ラスト・ワルツ」は、今でもお気に入りの曲の1つです。
【決めのフレーズ】
この曲の歌がはいる直前に「ジャ、ジャーン」と決めのフレーズがはいりますが、好きですね。こういうの。譜面にするとこんな感じです。このフレーズはEmaj7→Fmaj7という具合に同じタイプのコードが半音でずるっと持ち上がるフレーズです。キーCにEmaj7は同考えても不響和音になってしまいそうですが、ちゃんと違和感なく聴こえるから不思議です。この曲はキーをCとした場合Fmaj7から始まります。曲調は全体的にもの悲しい雰囲気に包まれていますがキーは短調かというと違います。しっかり長調で作られていて、意外な感じを受けます。
【歌詞の内容は?】
歌詞の場面設定は、ありきたりだという人もいるかもしれませんが、こんな感じ....事情があって今日二人は別れる運命です。「最初出会ったときのように最後の思い出に私とワルツを踊って...」という内容。僕はダンスは全然踊れませんが、こういう場面設定は大好きです。踊りが踊れないのに、何でだろう。変ですね。ダンスと映画で思い浮かぶのが、「サウンド・オブ・ミュージック」でトラップ大佐とマリアがフォークダンスを踊るシーン。軽やかに初々しく踊る二人って感じが画面からひしひしと伝わってきてとても好きな場面です。後は、ウェスト・サイド物語なんかどうかな?踊るのはダメでも見るのは好きです。ラスト・ワルツを題材にした映画があるかどうか知りませんがそんな映画があったら思わず感動して泣いちゃいそうです。ん、男が泣くなんて恥ずかしいって?若い頃は僕もそう思っていました。でも、最近は泣きたくなったら我慢せず泣けばいいんじゃないかと自然に思えるようになってきました。そのほうが素直で自然な気がします。誰かに「あれ、泣いてんのかよ」なんて言われても「そうだよ、それがどうかした?」と今だったら平気で応えられる気がします。昔は、こういうのは物凄くかっこ悪いと思ってましたが....
【シャンソンらしい歌い方】
この曲は日本語で色んな人がレパートリーに取り入れているので小さい頃はTVを見ているとこの曲に出会うことが結構あった気がします。いつもシャンソンの人は独特の歌い方をするんだなあと思いながら聴いた記憶があります。印象に残っているのがメロディをたたみかけるようにちょっとせっかちな感じで歌うその歌い方は(こういう歌い方を先乗りするというのかも知れません。)シャンソン独特の歌い方だと感じます。多かれ少なかれどの人もこういう歌い方をしていた気がします。僕にとってはこのような歌い方がとても気持ちよいものに思えて印象に残っています。
【時代に左右されない音楽の要素】
シャンソンには何となく憧れのようなものがあり、聴く機会に恵まれると今も聴き入ってしまうことが多いです。やはり昔一世を風靡した音楽です。代表的な演奏を聴くとある種の畏敬の念を持って聴こうとします。僕の場合、懐かしさが手伝ってか昔の音楽は古臭くて嫌だという概念はほとんどありません。シャンソンのようにかつて一世を風靡した音楽は人を惹きつける魅力というか聴きどころみたいなものを必ず持っていると思うのです。それを感じとれるかどうかは聴く人の好みによるとは思うのですが、何とかそういうものを感じ取りたいと思いながら音楽を聴くようにしています。もしそう感じることができないってことは、自分の耳がくすんでしまったといえるかもしれません。そういう感覚は鈍らずにいつも敏感でいたいものです。古臭いと切り捨ててしまうのは性に合いません。感性も一緒に切り捨ててしまう気がします。食わず嫌いは良くありません。実際に食べてから(聴いてから)どうするか決めればいいと思います。僕は色々な音楽が好き。古い、新しいに限らずどんな音楽も聴きます。苦手なのはフリー・ジャズぐらいかな?時代時代で築き上げられた音楽のエッセンスみたいなものを吸収できたらいいなと思いながら音楽を聴いているような気がします。結果的にそれで自分の音楽の巾みたいなものが広がればいいなと思いますが急には変わらないと思うので気長に音楽を聴き続けていきたいと思っています。
今日はこれでお終い。
では、また明晩お会いしましょう。
[関連情報]
作曲:Barbara Mason
作詞:Les Reed