【小さい頃聴いたベートーベン】
「月光の曲」...ベートベンが作った有名なピアノ・ソナタです。ゆたっりとした3連符がとうとうと流れる第1楽章、軽快なテンポで始まりメロディの素敵な第2楽章、激情がほとばしり、息もつかせぬような激しさで弾きまくる第3楽章。いつ聴いてもすばらしい名曲だなあと感心します。ベートーベンの曲は小さい頃は結構聴く機会がありました。他のピアノソナタや交響曲で脈絡もなく突然ガラリと雰囲気が変わった演奏が始まったりするのを聴いておもしろいなあと思ったことを覚えています。英語の家庭教師の先生がクラシック好きでよくレコードを聴かせてくれたこともあり、ラッキーな音楽環境だったのかも知れません。
【ソノシートで聴いた演奏にはまる】
この曲を初めて聴いたのは、小学生の頃でベートーベンが生前に使っていたピアノを実際に弾いて録音されたというソノシートで聴きました。ソノシートというのは、レコードではなく、薄いフニャフニャの素材で出来た簡易レコードみたいなものです。今はもうどこを探しても見つからない過去の遺物と化した録音媒体です。レコードに比べたら音が悪いなあと思いながら聴いている内にその演奏がとてもしっくりくることに気が付きました。学校から帰ってくると、聴きたくなってその次の日も..という具合に毎日聴くようになってしまいました。もともと凝り出すととことんいってしまうタイプなのでメロディを空で鼻歌で歌えるぐらい聴き込みました。一応、ピアノを習っていましたが段々自分でもこの曲が弾けたらいいなあと思う気持ちが芽生えて膨らんでいきました。私は、ピアノに関してはろくに練習もしない言わば劣等生です。月光の曲は特に、第3楽章はテンポも速くて難易度の高い曲です。子供心に今の僕の実力じゃあ弾けるわけがないということは誰が考えても明白でした。でも、自分で弾きたいという気持ちは日増しに高まっていきます。第1、2楽章は、毎日練習すれば何とかなるかもしれない。でも、第3楽章を弾けるようになるには練習を積まなければ絶対に弾けるようにならないと覚悟して、まず毎日必ずハノンを練習することに決めました。
【月光の曲弾きたさにハノンを練習する】
ハノンというのはピアノの指の練習曲で、弾いていても無味乾燥でつまらない曲が多いのですが毎日弾くと確実に指が動くようになります。最初は1,2曲弾くと指がつりそうになっていたのが毎日練習を繰り返しているとたくさん、早く弾けるようになっていきます。ハノンの練習曲は何十曲とあり120(1分間に120回数えられる速さ)くらいの速さで1番から弾き続けると1時間弾き続けていても終わりません。ハノンを弾くようになってから練習量が一挙に増えた気がします。
【少しずつ弾けるようになっていった月光の曲】
ハノンの練習が終わると、月光の曲の第1楽章の練習です。ところで、第1楽章のメロディは全部同じ音程ですよね。第1楽章の譜面を見て初めて気がつきました。良く聴けばわかったのでしょうが別な見方をすれば手抜きというかいやにあっさりしたメロディです。単純なメロディだと気がつかなかったのはこれが左手の3連符と複雑に絡み合うことによって渾然一体となり素晴らしい音楽に仕上がった状態で聴いたからじゃないかしら。ベートーベンは敢えてこういう単純なメロディにした上で第1楽章の構想を練ったんだろうなあと勝手に想像してしまいます。そういう意味ではチャレンジャーの気概みたいなものが感じられて妙に感心したものです。そうこうしているうちに第1,2楽章はなんとなく弾けるようになりました。両楽章ともつまずかずに弾けるとそれなりに満足感みたいなものを少し感じられるようになりました。さて、仕上げは第3楽章です。ハノンの練習を積んだもののこの楽章はなかなか進みません。ハノンで随分指が動くはずなのに楽譜で2ページぐらい(時間で言うと30秒ぐらいかな?)弾くと指がつりそうになってしまいます。いまから思えば、最初から力を抜くことなく弾いていたのでそうなって当然だったのかもしれません。部分的に続けてある程度弾けるようになってくると欲が出てきてもっとうまく弾けるようになりたいと練習に熱が入ります。本来のピアノ・レッスンで練習しなきゃあいけない曲はそっちのけで「月光の曲」ばかり毎日弾いていました。
【有名なピアニストの演奏が素晴らしいとは限らない】
ところで、この「月光の曲」を有名なピアニストのレコードで聴く機会がありました。有名な演奏家の録音なので、どんなに素晴らしい演奏なんだろうと期待に胸が膨らみます。ところがです、その演奏を聴いた後何故かいい演奏と思えませんでした。ソノシートで聴いた「月光の曲」を聴き過ぎたせいなのかわかりませんが、いまいち感覚が合わないのです。好みの問題なのでしょうが、ソノシートのような録音はおそまつなものでも渾身の演奏であれば音質などものともせず心に響いてくるんだなと自分なりに思ったものです。今日はこのへんで...
では、また明晩お会いしましょう。
[関連情報]
作曲:ベートーベン